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東京地方裁判所 平成10年(刑わ)660号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるセカンドバッグ一個(平成一〇年押第一一五一号の1)を没収する。

被告人から金三三七万七九八八円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大蔵事務官であり、平成三年六月二五日から平成五年七月一二日まで大蔵省証券局業務課(平成四年七月二〇日に証券業務課と名称変更)課長補佐として証券会社等を監督する事務等に、平成五年七月一三日から平成七年六月一一日まで同局証券業務課投資管理室課長補佐として証券投資信託約款の承認等に関する事務等に、同月一二日から平成八年七月二一日まで同省銀行局調査課課長補佐として金融機関に関する政策の基礎となる事項の調査等を行う事務等に、同月二二日から平成九年七月一四日まで同局銀行課課長補佐として銀行等を監督する事務等にそれぞれ従事し、同月一五日から平成一〇年三月四日まで同省証券局総務課課長補佐を務めていたものであるが、

第一  平成五年三月二四日ころから平成七年七月一三日ころまでの間、前後二八回にわたり、別表一記載のとおり、フランス共和国パリ市八区プラス・ドゥ・マドレーヌ九所在の「ルカ・カルトン」等において、野村證券株式会社のフランス現地法人であるバンク・ノムラ・フランスの社長を務めていたAらから、野村證券株式会社が野村證券投資信託委託株式会社と共同で企画していた日経三〇〇株価指数連動型上場投資信託の証券投資信託約款の承認などに関して種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計一八〇万八五七八円相当の遊興飲食、ゴルフ等の接待あるいは商品券等の供与を受け、

第二  平成五年三月二七日ころから平成六年一一月一〇日ころまでの間、前後六回にわたり、別表二記載のとおり、フランス共和国パリ市八区シャンゼリゼ大通一一六所在の「リド」等において、大和證券株式会社のフランス現地法人であるダイワ・ヨーロッパ・SAの社長を務めていたBらから、株式累積投資制度の採用などに関して種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計三七万六七八〇円相当の遊興飲食等の接待あるいは陶器等の供与を受け、

第三  平成五年四月一〇日ころから平成七年三月一一日ころまでの間、前後九回にわたり、別表三記載のとおり、茨城県結城郡石下町大字崎房字二本木一九五五番地二所在の「フレンドシップカントリークラブ」等において、日興證券株式会社の社長室次長及び資本市場業務副部長をそれぞれ務めていたCらから、株式累積投資制度の採用などに関して種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計四四万九〇七五円相当の遊興飲食、ゴルフ等の接待あるいは商品券等の供与を受け、

第四  平成五年五月二三日ころから平成六年一〇月三〇日ころまでの間、前後五回にわたり、別表四記載のとおり、千葉県香取郡小見川町一の分目字神明四九六番地一所在の「小見川東急ゴルフクラブ」等において、山一證券株式会社の企画室長及び取締役企画室長をそれぞれ務めていたDらから、マネー・マネージメント・ファンドの商品性改善などに関して種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計三六万七八九八円相当のゴルフ等の接待あるいは商品券等の供与を受け、

第五  平成七年七月一〇日ころから平成九年七月一〇日ころまでの間、前後一四回にわたり、別表五記載のとおり、東京都港区六本木六丁目一番一二号所在の六本木アサノビル内「桜庵」等において、株式会社住友銀行の企画部次長を務めていたEらから、金融制度調査会金融システム安定化委員会に関する情報の教示を受けるなど種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計四二万二八一九円相当の遊興飲食、ゴルフ等の接待あるいは果物等の供与を受け、

もって、それぞれ自己の前記職務に関して収賄したものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

一  弁護人は、被告人は、大手証券四社及び株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という。)から、職務に関連して判示の接待等を受けたが、何ら便宜な取り計らいをしていない、と主張する。

二  関係証拠によれば、被告人の行為で贈賄者による謝礼の対象となった主要なものは、1 内閣法制局と折衝するなどして、大手証券四社をはじめとする証券業界が要望していた株式累積投資制度の実現に向けて尽力したこと、2 大蔵省銀行局総務課金融市場室との折衝に当たるなどして、大手証券四社をはじめとする証券業界が要望していたマネー・マネージメント・ファンド及び中期国債ファンドについての解約金相当額の即日現金交付方式の採用やマネー・マネージメント・ファンドの最低購入単位の引下げ等これらの商品性の改善に尽力したこと、3 証券会社が、株式の新規公開等を求めている企業に対しその手続等に関する指導助言や情報提供を行った場合に、手数料を徴収することは証券取引法上禁止されているとの解釈により、これまで何ら料金を徴収しないことが証券業界の慣行となっていたところ、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)の担当者から、右の場合に手数料を徴収することの可否について相談を受けた際、「相当の範囲であれば、その他手数料として徴収・計上することは差し支えないと考える。引受業務に付随する業務という位置付けでよいのではないか。」と指導したこと、4 野村證券及び野村證券投資信託委託株式会社が開発を進めていた日経三〇〇株価指数連動型上場投資信託について、両会社と協議を重ねた上、大蔵省主税局及び銀行局と折衝するなどして税制上の問題等その商品化に当たっての問題点の解決に尽力したこと、5 住友銀行の担当者から、破綻した金融機関の処理に備えるため預金保険料率を引き上げる旨記述された新聞報道の真偽について照会を受け、あるいは、金融機関等の経営の健全性を確保するために採用されることとなったいわゆる早期是正措置の具体的適用方法に関する正確な情報を提供するよう求められた際、大蔵省銀行局内の情報を教示したことなどであることが認められる。

三  被告人の前記行為の内容のほか、関係各証券会社等の担当者が、被告人の前記行為に対する謝礼の趣旨で被告人に対し判示の接待等をしたものであること、その他関係証拠に照らすと、関係各証券会社等の担当者の立場からみた場合、被告人の前記行為は、いずれも関係各証券会社等に対する便宜な取り計らいに当たるものであることが認められる。

そして、関係証拠によれば、被告人が、その旨認識した上で関係各証券会社等に対し前記認定に係る便宜な取り計らいをし、これに対する謝礼の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら判示の接待等を受けたものであることは明らかである。被告人自ら、捜査段階において、「関係各証券会社又は都市銀行の大蔵省担当者が証券行政や銀行行政において便宜な扱いや少しでも会社にメリットがあるようにと思って私を接待してくれていることは分かっていた。」、「私としても自分の仕事については一生懸命にやってきており、その結果が、証券業界、銀行業界の発展、ひいては日本経済の発展につながっているのだという強烈な自負が、自分の仕事振りにより直接、間接の利益を受けることにもなる業者に対する関係では、彼らが私の仕事に対して感謝して接待するのは当たり前という意識につながっていたのではないかと反省している。」などと、また、当法廷においても、「私の仕事に対する感謝の気持ちがあって接待をしてくれているんだろうなという認識はあった。」とそれぞれ供述して、これを認めているところである。

四1  ところで、弁護人は、被告人の大手証券四社に対する前記行為は、上司の指示命令や大蔵省証券局内の既定の方針に従ってしたものであって、便宜な取り計らいをするためにしたものではない、と主張する。

しかしながら、被告人の前記行為が弁護人の主張するような趣旨でされたものであるにしても、そのことにより、前記のとおり、被告人の前記行為が証券会社に対する便宜な取り計らいに当たる面があるなどということがいえなくなるものではない。そのことは、前記のとおり、被告人が捜査段階において自認するところでもある。

2  また、弁護人は、被告人の住友銀行に関する前記行為について、住友銀行の担当者に教示した内容は秘密性を有するものではないから、便宜な取り計らいに当たらない、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、住友銀行の担当者の立場からみると、預金保険料率の引上げや早期是正措置について、大蔵省のその担当者に対し、新聞報道等により得た情報が確実なものであるかどうかなどを直接確認し情報を得ることが重要であり、そうであるからこそ、大蔵省から情報を得ることを専門に担当するいわゆるMOF担が置かれていたものと認められる。したがって、教示された内容に秘密性があるか否かにかかわらず、被告人が情報を教示したこと自体が便宜な取り計らいに当たることは明らかである。

3  その他弁護人の主張する点を検討してみても、被告人が関係各証券会社等に対し便宜な取り計らいをしたことは否定し得ない。

五  以上のとおりであるから、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の別表一の番号一ないし同二七、判示第二の別表二の番号一ないし同六、判示第三の別表三の番号一ないし同九及び判示第四の別表四の番号一ないし同五に係る各所為はいずれも平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)一九七条一項前段に、判示第一の別表一の番号二八及び判示第五の別表五の番号一ないし同一四に係る各所為はいずれも右改正後の刑法(以下「改正後の刑法」という。)一九七条一項前段にそれぞれ該当するところ、以上は前記附則二条二項により改正後の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の別表二の番号一に係る罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により前記附則二条三項により改正後の刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してあるセカンドバッグ一個(平成一〇年押第一一五一号の1)は被告人が判示第一の別表一の番号一四に係る犯行により収受した賄賂であるから、前記附則二条一項本文により改正前の刑法一九七条の五前段によりこれを被告人から没収し、被告人が判示各犯行により収受したその余の賄賂はいずれも没収することができないので、判示第一の別表一の番号一ないし同二七、判示第二の別表二の番号一ないし同六、判示第三の別表三の番号一ないし同九及び判示第四の別表四の番号一ないし同五に係る各犯行により収受した賄賂(前記セカンドバッグを除く。)については改正前の刑法一九七条の五後段により、判示第一の別表一の番号二八及び判示第五の別表五の番号一ないし同一四に係る各犯行により収受した賄賂については改正後の刑法一九七条の五後段により、それらの価額合計金三三七万七九八八円を被告人から追徴することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、大蔵省証券局証券業務課課長補佐として証券会社等を監督する事務等に、同課投資管理室課長補佐として証券投資信託約款の承認等に関する事務等に、同省銀行局調査課課長補佐として金融機関に関する政策の基礎となる事項の調査等を行う事務等に、同局銀行課課長補佐として銀行等を監督する事務等にそれぞれ従事していた被告人が、自己の職務に関し、大手証券四社及び住友銀行から、前後六二回にわたり、合計三四二万五一五〇円相当の飲食接待、ゴルフ接待等を受けた、という収賄の事案である。

二1  証券行政は、国民経済の適切な運営と投資家の保護を目的として行われるべきものであり、また、金融行政は、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑化を図り、国民経済の健全な発展に資することを目的として行われるべきものである。それらの目的を達成するためには、大蔵省証券局や銀行局の、証券会社や銀行に対する指導・監督についても、それがただ適正でありさえすればよいというものではない。それが公正であり、かつ、その公正さに対する国民の信頼が確保されることも強く要請されているといわなければならない。

被告人は、大蔵省証券局証券業務課では課長補佐として大手証券四社をはじめとする証券各社を指導・監督する職務を、同課投資管理室では課長補佐として証券投資信託約款の承認等に関する職務を、同省銀行局調査課では課長補佐として金融機関に関する政策の基礎となる事項の調査等を行う職務を、同局銀行課では課長補佐として銀行等を監督する職務をそれぞれ担当していたほか、証券局証券業務課投資管理室課長補佐時代からは、いずれも総括課長補佐として、その課・室の所掌事務全般を統括するなど、我が国の証券行政や金融行政の中枢にかかわっていたものである。その意味で、被告人は、証券行政及び金融行政において、特にその職務を、公正に、かつ、その公正さに対する国民の信頼が損なわれないように遂行するべき立場にあったものである。

しかしながら、被告人は、証券会社や銀行の大蔵省担当者が、監督官庁である証券局や銀行局におけるやり手のいわゆるキャリア官僚である被告人に対し、種々の便宜な又はメリットのある取り計らいをしてもらうことを期待して接待等を行ってくることを承知の上で、その職務に関し、本件の一連の接待等を受けたものである。のみならず、被告人は、大手証券四社及び住友銀行に対し、前記認定に係る種々便宜な取り計らいを行ったものである。

したがって、本件は、大蔵省による証券行政及び金融行政の公正さに対する国民の信頼を著しく失墜させたばかりではなく、その公正さそれ自体をも損なったものというべきであり、まず、この面から、被告人は強く非難されなければならない。

2  被告人は、上級職の国家公務員として大蔵省に入省し、若年で税務署長を経験し、証券局及び銀行局において総括課長補佐として、実質上、証券行政及び金融行政の中心的立場に立ってその職務を遂行してきたものである。そして、自分は証券業界や銀行業界の発展、ひいては日本経済の発展に貢献しているのだという強い自負が、監督官庁のいわゆるキャリア官僚としてのおごりや、自分が特権階級にある者だというごうまんさを生み、やがて、自分の行ってきたことにより直接、間接に利益を受ける証券会社や銀行が自分の仕事に対して感謝し自分を接待するのは当たり前だと思うようになり、何らためらうことなく業者からの接待等を受けるようになっていったものである。

したがって、本件の各犯行に至る経緯には酌量するべき余地がないというべきである。

3  被告人は、平成五年三月から平成九年七月ころまでの約四年四か月もの長期間に、大手証券四社及び住友銀行から、六二回もの多数回にわたり、合計約三四二万円相当の多額に上る飲食接待、ゴルフ接待等を受けたものである。

右の接待等の中には、被告人の海外出張先で行われたものがある。すなわち、被告人があらかじめ証券会社に出張予定等を伝えて、ローマ及びパリでの観光、飲食等を要求し、現地ではリムジンによる送迎、通訳人付きの観光、レストラン等での飲食等が行われたものである。

そして、海外での多額の接待等に加えて、被告人自らが接待を要求したものが多数回に上るほか、一回の接待に要した被告人一人分の費用が一〇万円を超えるものもある。多数回に上るゴルフ接待においては、ゴルフ場でのプレー代、飲食代を証券会社及び銀行側に負担させることはもとより、多くの場合、ゴルフボールや手土産を受け取り、証券会社及び銀行側が用意したハイヤー等を利用して自宅とゴルフ場を往復しており、正に至れり尽くせりの接待を受けているといわざるを得ない。

このような接待等を受けた期間、回数、額及び態様のいずれをみても、本件は悪質な犯行といわなければならない。

4  被告人は、接待等を長期間にわたって恒常的に受け、しかも、大蔵官僚に対する接待が問題となり、大蔵省内でも、接待等を受けることを自粛するよう求める文書が発せられたのに、その後もこれを無視して接待等を受け続けていたものである。被告人の規範意識が著しくまひしていたことは明らかである。

5  そして、これらの事情等に、国家公務員の職務の公正及びその公正さに対する国民の信頼を著しく損なわせる事件が続発し、綱紀を粛正することが引き続き重要な課題とされている現状をも併せ考慮すると、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

(なお、弁護人は、大蔵省内に接待を受けることを容認する意識があり、かつ、局長級を含めた広い層が接待を受けていた実情にかんがみると、被告人に対してのみ重い責任を問うことは過酷であり、また、公平を欠くことになる、と主張する。しかし、本件が悪質な事案であり、被告人の刑事責任を軽くみることができないことは前記のとおりであるから、被告人に対し刑事責任を問うことが過酷で公平に反するというようなことを被告人はいえる立場にない。)

三  しかしながら、他方、

1  被告人は、当法廷において、便宜供与に当たるか否かの評価について争ってはいるが、捜査公判を通じて、収賄の各犯罪事実を認め、自己の誤った認識に基づいて繰り返し接待等を受けたことにより証券・金融行政に対する国民の信頼を著しく損なったことを深くわびて、反省の態度を示していること、

2  被告人は、約一六年間にわたり、有能な上級職の国家公務員として大蔵省等に勤務してきたものであり、今回接待等を受けたことからその公正さには疑問が残るものの、その職務の遂行の過程で、証券市場の活性化などに関して、相当程度の成果を得ていること、

3  被告人は、本件により逮捕・勾留の上起訴されて起訴休職処分となり、平成一〇年七月二一日には国家公務員法による懲戒免職処分を受けて公務員としての身分を失い、しかも、その経過については、いわゆる大蔵省キャリア官僚の収賄事件としてマスコミに大きく取り上げられるなどしており、既に社会的制裁を受けていること、

4  被告人には前科はもちろん、前歴もないこと

など、被告人のために酌むべき事情も認められる。

四  そこで、これらの事情を総合考慮した上、被告人に対しては、主文のとおり量刑するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役三年、セカンドバッグ一個の没収、金三三八万四七三六円の追徴)

別表一~五[略]

(裁判長裁判官 阿部文洋 裁判官 伊名波宏仁 裁判官 丹羽芳徳)

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